尾瀬横断ハイキングの旅
皆さんこんにちは。
今年は10月まで暑かったですが、長かった夏も終わり秋が深まってきています。
さて、今回は群馬県からスタートし、尾瀬を横断して福島県側へ出るという長距離ハイキングを描きました。
旅程は、JR上越線沼田駅からスタートして鳩待峠から入り、沼山峠(御池)をゴールとし、最終的には会津鉄道の会津田島駅へ出て芦ノ牧温泉に1泊。その後はSLばんえつ物語号に乗車し帰路につきます。
今回の作品では、かつて上越線を走っていたEF55型が『奥利根号』として描いています。編成の客車は往年の仕様に合わせるため旧型客車の43系を使用しています。
沼田駅で下車したぐんまちゃんやビクティニとマネネの3人は、尾瀬を越えるハイキングするのですが、鳩待峠からスタート。途中で山小屋に1泊して尾瀬ヶ原と尾瀬沼の景観を眺めるように進んでいきます。最終的には沼山峠から福島県檜枝岐村へ出ます。ハイキング後には会津鉄道に乗車し芦ノ牧温泉に1泊します。最後に、SLばんえつ物語号で帰路につくという流れになります。なお、SLばんえつ物語号のC57型180号機には『25周年記念のヘッドマーク』が装備されています。また、25周年記念の一環として、客車もオハ31系仕様になっています。
なお、今回の作品では、初めて水彩絵の具を使用しました。
★尾瀬国立公園★
国民的愛唱歌『夏の思い出』でも歌われているように有名な日本最大級の山岳湿地帯。
歴史は古く、昭和9(1934)年に日光国立公園の一部として指定されたが、平成19(2007)年に日光国立公園から尾瀬地域を分割し会津駒ヶ岳や田代山、帝釈山などの周辺地域を編入し29番目の国立公園に指定された。大きく分けて本州最大の高層湿原である尾瀬ヶ原、さらに噴火によって只見川の源流部が燧ヶ岳の噴火によってせき止められたことできた尾瀬沼が存在する。それらを取り囲むように、至仏山、燧ヶ岳、会津駒ヶ岳、田代山、帝釈山などの山々が美しい風景を醸し出す。入口は主に群馬県側で沼田口(鳩待峠など)、福島県側で会津口(沼山峠・御池)、そして新潟県側で魚沼・奥只見口(御池)の3箇所が存在する。
燧ヶ岳は、福島県の最高峰にして東北地方最大級の山で、これより北にはそれ以上高い山はないが、尾瀬のシンボルとして注目されている。山頂には最高峰(西峰)である柴安嵓(しばやすぐら)(2356m)、三角点の置かれた爼嵓(まないたぐら)(2346m)、ミノブチ岳(2220m)、赤ナグレ岳(2249m)、御池(みいけ)岳(2280m)の五峰が居並ぶ。
尾瀬は、過去にもいくつも開発の危機にさらされたものの、多くの人々の努力により今日でも貴重な自然は保たれていることから、『自然保護の原点』とも言われている。
また、アクセスとしては首都圏から夜行バスやツアーバスが運行されている他、東武鉄道でも尾瀬へ行くための夜行列車も運行されている。
★EF55型電気機関車★
『ムーミン』という愛称で親しまれた流線型が特徴的な電気機関車。
1930年代、当時海外で最新鋭だった『流線型』のブームに影響され、日本でも国鉄私鉄問わず流線型が採用された。国鉄ではC53型の43号機が試験的に改造されたのとC55型の21両が流線型として新造した他、モハ52系電車やキハ43000系気動車も流線型として製造された中、EF55型も昭和11(1936)年に登場したが、わずか3両しか製造されていない。
デビュー後、東海道本線では特急『つばめ』 『富士』などの優等列車で使用されたが、片方が流線型になっているため、終端駅についた後、転車台もしくはデルタ線を利用して向きを変えなければならない。その使い勝手が劣る一方で、流線型を採用することで、切妻型を先頭にするよりも9%空気抵抗を減らせたという成果が出ている。また、横軽区間において空転試験車として使用された経緯があるという。しかし、保守の不便ならびに方向転換の問題から1960年代には廃車。しかし、1号機のみはJR東日本において動態保存が行われ、上越線を中心に臨時列車を運行してきたが、平成22(2010)年には引退し、大宮の鉄道博物館で展示されている。
★会津鉄道★
西若松駅から会津高原尾瀬口駅間を結ぶ57.4kmのローカル鉄道。昭和62(1987)年に国鉄会津線から第三セクター鉄道の会津鉄道会津線として運行している。ただし、野岩鉄道ならびに東武鉄道の直通運転のため会津高原尾瀬口~会津田島間では電化されている。野岩鉄道方面からの乗り継ぎは会津高原尾瀬口駅もしくは会津田島駅で乗り換えとなる。
会津鉄道の列車は大半は会津田島駅で折り返しになる事が多いが、リバティ接続のために一部の列車が会津高原尾瀬口まで乗り入れることもある。また、快速『AIZUマウントエクスプレス』が鬼怒川温泉まで1日1往復運行されている他、『お座トロ展望列車』が会津田島駅まで運行されている。
沿線には大内宿や塔のへつりなどの観光名所がある他、芦ノ牧温泉や湯野上温泉など温泉がある。
また、芦ノ牧温泉駅では『ねこの働く駅』としても有名で、かつての初代猫駅長『ばす』が名誉駅長として話題となったことがある。
★SLばんえつ物語号(C57-180号機)★
平成11(1999)年4月29日から運行されている、JR磐越西線会津若松~新津間を走るSL列車。
その区間を走る磐越西線は通称『森と水とロマンの鉄道』として親しまれている。
快速SL列車として4月から11月もしくは12月まで土日祝日を中心に運行され、走行距離は片道111kmと国内を走行するSL列車としては最長である。
機関車のC57‐180号機は昭和21(1946)年に三菱重工で製造、現役時代では終始新潟県内の機関区に配置され、磐越西線はもとより羽越本線や信越本線でも旅客列車を中心に運行し、昭和44(1969)年に引退。
その後は、新津市の第一小学校で長く静態保存されてきたが、1999年には見事に復活を果たし、『SLばんえつ物語号』の機関車として現在でも活躍している。なお、2024年を機にデビュー25周年のヘッドマークがつけられ、現役時代では約23年間しか活躍していなかったことから、現在のばんえつ物語号時代の方が実質現役より長く活躍していることになる。
※本来は12系客車ですが、今回は25周年記念のため客車は31系客車仕様(新製の5000番代)に変更しています(普通車はオハ31-5000(車掌室付きはオハフ30-5000)、1号車の展望車はオハテ31-5000、7号車のグリーン車の展望車はオロテ30-5000の計7両編成)。
今年は10月まで暑かったですが、長かった夏も終わり秋が深まってきています。
さて、今回は群馬県からスタートし、尾瀬を横断して福島県側へ出るという長距離ハイキングを描きました。
旅程は、JR上越線沼田駅からスタートして鳩待峠から入り、沼山峠(御池)をゴールとし、最終的には会津鉄道の会津田島駅へ出て芦ノ牧温泉に1泊。その後はSLばんえつ物語号に乗車し帰路につきます。
今回の作品では、かつて上越線を走っていたEF55型が『奥利根号』として描いています。編成の客車は往年の仕様に合わせるため旧型客車の43系を使用しています。
沼田駅で下車したぐんまちゃんやビクティニとマネネの3人は、尾瀬を越えるハイキングするのですが、鳩待峠からスタート。途中で山小屋に1泊して尾瀬ヶ原と尾瀬沼の景観を眺めるように進んでいきます。最終的には沼山峠から福島県檜枝岐村へ出ます。ハイキング後には会津鉄道に乗車し芦ノ牧温泉に1泊します。最後に、SLばんえつ物語号で帰路につくという流れになります。なお、SLばんえつ物語号のC57型180号機には『25周年記念のヘッドマーク』が装備されています。また、25周年記念の一環として、客車もオハ31系仕様になっています。
なお、今回の作品では、初めて水彩絵の具を使用しました。
★尾瀬国立公園★
国民的愛唱歌『夏の思い出』でも歌われているように有名な日本最大級の山岳湿地帯。
歴史は古く、昭和9(1934)年に日光国立公園の一部として指定されたが、平成19(2007)年に日光国立公園から尾瀬地域を分割し会津駒ヶ岳や田代山、帝釈山などの周辺地域を編入し29番目の国立公園に指定された。大きく分けて本州最大の高層湿原である尾瀬ヶ原、さらに噴火によって只見川の源流部が燧ヶ岳の噴火によってせき止められたことできた尾瀬沼が存在する。それらを取り囲むように、至仏山、燧ヶ岳、会津駒ヶ岳、田代山、帝釈山などの山々が美しい風景を醸し出す。入口は主に群馬県側で沼田口(鳩待峠など)、福島県側で会津口(沼山峠・御池)、そして新潟県側で魚沼・奥只見口(御池)の3箇所が存在する。
燧ヶ岳は、福島県の最高峰にして東北地方最大級の山で、これより北にはそれ以上高い山はないが、尾瀬のシンボルとして注目されている。山頂には最高峰(西峰)である柴安嵓(しばやすぐら)(2356m)、三角点の置かれた爼嵓(まないたぐら)(2346m)、ミノブチ岳(2220m)、赤ナグレ岳(2249m)、御池(みいけ)岳(2280m)の五峰が居並ぶ。
尾瀬は、過去にもいくつも開発の危機にさらされたものの、多くの人々の努力により今日でも貴重な自然は保たれていることから、『自然保護の原点』とも言われている。
また、アクセスとしては首都圏から夜行バスやツアーバスが運行されている他、東武鉄道でも尾瀬へ行くための夜行列車も運行されている。
★EF55型電気機関車★
『ムーミン』という愛称で親しまれた流線型が特徴的な電気機関車。
1930年代、当時海外で最新鋭だった『流線型』のブームに影響され、日本でも国鉄私鉄問わず流線型が採用された。国鉄ではC53型の43号機が試験的に改造されたのとC55型の21両が流線型として新造した他、モハ52系電車やキハ43000系気動車も流線型として製造された中、EF55型も昭和11(1936)年に登場したが、わずか3両しか製造されていない。
デビュー後、東海道本線では特急『つばめ』 『富士』などの優等列車で使用されたが、片方が流線型になっているため、終端駅についた後、転車台もしくはデルタ線を利用して向きを変えなければならない。その使い勝手が劣る一方で、流線型を採用することで、切妻型を先頭にするよりも9%空気抵抗を減らせたという成果が出ている。また、横軽区間において空転試験車として使用された経緯があるという。しかし、保守の不便ならびに方向転換の問題から1960年代には廃車。しかし、1号機のみはJR東日本において動態保存が行われ、上越線を中心に臨時列車を運行してきたが、平成22(2010)年には引退し、大宮の鉄道博物館で展示されている。
★会津鉄道★
西若松駅から会津高原尾瀬口駅間を結ぶ57.4kmのローカル鉄道。昭和62(1987)年に国鉄会津線から第三セクター鉄道の会津鉄道会津線として運行している。ただし、野岩鉄道ならびに東武鉄道の直通運転のため会津高原尾瀬口~会津田島間では電化されている。野岩鉄道方面からの乗り継ぎは会津高原尾瀬口駅もしくは会津田島駅で乗り換えとなる。
会津鉄道の列車は大半は会津田島駅で折り返しになる事が多いが、リバティ接続のために一部の列車が会津高原尾瀬口まで乗り入れることもある。また、快速『AIZUマウントエクスプレス』が鬼怒川温泉まで1日1往復運行されている他、『お座トロ展望列車』が会津田島駅まで運行されている。
沿線には大内宿や塔のへつりなどの観光名所がある他、芦ノ牧温泉や湯野上温泉など温泉がある。
また、芦ノ牧温泉駅では『ねこの働く駅』としても有名で、かつての初代猫駅長『ばす』が名誉駅長として話題となったことがある。
★SLばんえつ物語号(C57-180号機)★
平成11(1999)年4月29日から運行されている、JR磐越西線会津若松~新津間を走るSL列車。
その区間を走る磐越西線は通称『森と水とロマンの鉄道』として親しまれている。
快速SL列車として4月から11月もしくは12月まで土日祝日を中心に運行され、走行距離は片道111kmと国内を走行するSL列車としては最長である。
機関車のC57‐180号機は昭和21(1946)年に三菱重工で製造、現役時代では終始新潟県内の機関区に配置され、磐越西線はもとより羽越本線や信越本線でも旅客列車を中心に運行し、昭和44(1969)年に引退。
その後は、新津市の第一小学校で長く静態保存されてきたが、1999年には見事に復活を果たし、『SLばんえつ物語号』の機関車として現在でも活躍している。なお、2024年を機にデビュー25周年のヘッドマークがつけられ、現役時代では約23年間しか活躍していなかったことから、現在のばんえつ物語号時代の方が実質現役より長く活躍していることになる。
※本来は12系客車ですが、今回は25周年記念のため客車は31系客車仕様(新製の5000番代)に変更しています(普通車はオハ31-5000(車掌室付きはオハフ30-5000)、1号車の展望車はオハテ31-5000、7号車のグリーン車の展望車はオロテ30-5000の計7両編成)。
おくちちぶ551
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