【架空】高精度版セラコム車両手帳95:京神11000形2次車初期
1960年代、京浜神奈川電気鉄道の主力路線であった相武線は現在の姿であるセラコム首都線同様、相模湖から東神奈川を介して臨海部を通り東京新橋に至るルートを持っていたものの、その行程は現在とは少し違うものであった。
現在の首都線は東神奈川から先、横浜の大黒町より扇島・東扇島を経て殿町へ至るルートをとっているが、当時は川崎臨海部の東扇島は本格的な造成が開始されておらず、現在のルートはあくまで貨物線として東神奈川駅ー扇島駅間が存在するのみであり、旅客線は東神奈川駅より安善町を通って殿町に至る若干内陸のルートであった。
東扇島造成が概ね完了する1976年以降、京神は高架線での新旅客線として相武線のルートを同地を経由するよう移転させ、現在の線形が形作られる。
11000形登場時は当然ながらこの旧線を通るルートであったため、運用によっては旧線に存在した安善駅止まりの列車が存在した。
13編成以降は2次車の分類であり、優等種別灯の目的で腰部にライトが追加され、また字幕式行先表示器も装備されたことで現在に知られる11000形の顔が完成する事になる。
特に側面行先幕の設置は同社としては画期的であった。
余談だが、1980年までは腰部ライトが優等種別灯であったものの、それ以降は役割が逆転している。
当時はまだ通勤車用の冷房装置が登場しておらず非冷房の姿であり、同車の冷房化は70年代初頭からであった。
現在の首都線は東神奈川から先、横浜の大黒町より扇島・東扇島を経て殿町へ至るルートをとっているが、当時は川崎臨海部の東扇島は本格的な造成が開始されておらず、現在のルートはあくまで貨物線として東神奈川駅ー扇島駅間が存在するのみであり、旅客線は東神奈川駅より安善町を通って殿町に至る若干内陸のルートであった。
東扇島造成が概ね完了する1976年以降、京神は高架線での新旅客線として相武線のルートを同地を経由するよう移転させ、現在の線形が形作られる。
11000形登場時は当然ながらこの旧線を通るルートであったため、運用によっては旧線に存在した安善駅止まりの列車が存在した。
13編成以降は2次車の分類であり、優等種別灯の目的で腰部にライトが追加され、また字幕式行先表示器も装備されたことで現在に知られる11000形の顔が完成する事になる。
特に側面行先幕の設置は同社としては画期的であった。
余談だが、1980年までは腰部ライトが優等種別灯であったものの、それ以降は役割が逆転している。
当時はまだ通勤車用の冷房装置が登場しておらず非冷房の姿であり、同車の冷房化は70年代初頭からであった。
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