seattle
fanfic slasher JOJO
“ある芸術作品とのどんな出会いも個人的な出会いである。芸術作品の表明するものは情報にとどまらず、それは作品自身の啓示であり同時にわれわれ自身の啓示に他ならない。われわれは自分と対立する芸術作品を面白味の薄いものと考えることもできるし、あるいはその作品以上に他の作品を嗜好することもできよう。しかしともあれ、われわれの反感あるいは偏愛の気持の純粋度に応じて、われわれはその芸術作品の純粋度をも認知することになるのである。唯一の真に否定的な判断とは——この場合その責任はわれわれ自身にあるのであって芸術作品側にはない——無関心である。ロッシーニはこう言う。「すべての音楽は良い。ただし退屈な曲を除いては。」”—W H オーデン、The Dyer's Hand