【HD東急25】東急の規格型電車【3700系】
東京急行電鉄3700系:
戦後混乱期の車両復旧・補充および輸送力の増強を目的に投入された運輸省規格A'型設計を採用した電車。
1948年の川崎車輛製で、同時期に登場した小田急電鉄1900形(illust/40803311)はほぼ同型。
製造両数はデハ3700形3701~3715号およびクハ3750形3751~3755号の計20両で、
登場当時の電装品は600V仕様だったが、将来の架線電圧昇圧に備え1500V仕様に切り替えられる構造だった。
1952年から、昇圧対応改造の切り替えを実施し、3450形(illust/48814907)や3500形(illust/48905340)、3600形、3800形など、
当時の東急において主力となっていた各形式と併結して運用されたが、モーターの出力も性能特性もまるでそろっていない車両同士が
編成を組んで各線を走り回っていたことになる。
1961年より更新工事を実施、制御器を国鉄制式品のCS-5から日立MMC-H-10Gに換装すると同時に、
各駅停車専用となっていたことを踏まえて弱め界磁制御用の界磁接触器を撤去、
窓の上下寸法拡大とアルミサッシ化などを施行した。これは戦後の混乱期製造ということもあり、
構体の劣化が著しかったためである。
最晩年は目蒲線で使用されたが、特にデハ3700形は15両という中途半端な両数が嫌われたほか、
もともとが規格型ということもあって老朽化が早く、1975年より順次廃車が開始される。
しかし、1973年に発生したオイルショックにより混雑が常態化していた名古屋鉄道が、
当時の民鉄旬報に掲載されていた東急3700系売却の情報を入手し、同系列20両全車の購入を決定。
東急側はその後、一度は売却を取り消したものの、名鉄側から同じ規格型・AL制御の名鉄3800系と
ほぼ共通の電装品を搭載していたことを理由に譲受を強く希望、譲渡が決定した。
かくして東急の異端児だった3700系は、遠路はるばる名古屋へと移り、名鉄3880系と名を変えることになるのであった。
戦後混乱期の車両復旧・補充および輸送力の増強を目的に投入された運輸省規格A'型設計を採用した電車。
1948年の川崎車輛製で、同時期に登場した小田急電鉄1900形(illust/40803311)はほぼ同型。
製造両数はデハ3700形3701~3715号およびクハ3750形3751~3755号の計20両で、
登場当時の電装品は600V仕様だったが、将来の架線電圧昇圧に備え1500V仕様に切り替えられる構造だった。
1952年から、昇圧対応改造の切り替えを実施し、3450形(illust/48814907)や3500形(illust/48905340)、3600形、3800形など、
当時の東急において主力となっていた各形式と併結して運用されたが、モーターの出力も性能特性もまるでそろっていない車両同士が
編成を組んで各線を走り回っていたことになる。
1961年より更新工事を実施、制御器を国鉄制式品のCS-5から日立MMC-H-10Gに換装すると同時に、
各駅停車専用となっていたことを踏まえて弱め界磁制御用の界磁接触器を撤去、
窓の上下寸法拡大とアルミサッシ化などを施行した。これは戦後の混乱期製造ということもあり、
構体の劣化が著しかったためである。
最晩年は目蒲線で使用されたが、特にデハ3700形は15両という中途半端な両数が嫌われたほか、
もともとが規格型ということもあって老朽化が早く、1975年より順次廃車が開始される。
しかし、1973年に発生したオイルショックにより混雑が常態化していた名古屋鉄道が、
当時の民鉄旬報に掲載されていた東急3700系売却の情報を入手し、同系列20両全車の購入を決定。
東急側はその後、一度は売却を取り消したものの、名鉄側から同じ規格型・AL制御の名鉄3800系と
ほぼ共通の電装品を搭載していたことを理由に譲受を強く希望、譲渡が決定した。
かくして東急の異端児だった3700系は、遠路はるばる名古屋へと移り、名鉄3880系と名を変えることになるのであった。
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鉄道
railway
HD鉄道シリーズ
eichidexi-tetsudoushiri-zu
私鉄
private railway
大手私鉄
ooteshitetsu
電車
train
東急
toukyuu
3700系
sannzennnanahyakkei
HD鉄道シリーズ【東急篇】
古淵工機10@RSPI作者?
Comments
あろあ
2016-05-09 19:20